平成10年北総鉄道の運賃値上げ

 

 平成10年度の北総鉄道運賃改定に係る収支見込と実績の分析(研究資料)

 

 平成8年度の「中小民鉄事業者の収入原価算定要領」(平成9年1月1日以降適用)を基に北総鉄道の平成10年の運賃改定の見込と実績を分析してみて収入原価算定要領による認可がいかに恣意的な裁量で行われているかを認識しました。

 

 国が事業者の認可申請が算定要領に基づいて行われているから適法だという主張は単に手続きが適法だから適法だという論理以外存在しない空疎なものだと思います。都合のいい規程を作成してその規程通りだから適正だという論理を平然と主張するこの国の鉄面皮の役人は国民の便益ではなく、天下り等の自分たちの利益につながる事業者の利益を優先しているようです。

 

 「中小民鉄事業者の収入原価算定要領」は「適用範囲」で大手民鉄事業者等以外の事業者に適用する旨規定されています。その目的は大手民鉄事業者等に適用される厳しいルールからの適用除外にあると思われます。

 

 「中小民鉄事業者の収入原価算定要領」の適用がいつから始まったのかは不明です。おそらく平成8年に初めて作成されたのではないでしょうか。

 

 そう考える理由は平成9年1月から「新しい旅客運賃制度」が実施されて①総括原価方式の下での上限価格制の導入②ヤードスティック方式(基準比較方式)の強化③原価計算の改善④手続きの簡素化・合理化⑤情報公開の促進という方針が打ち出されていることです。

 

 鉄道運輸機構の民鉄線方式で鉄道を建設した中小民鉄事業者の救済が「中小民鉄事業者の収入原価算定要領」の目的のように思います。つまり、上記の「新しい旅客運賃制度」の枠外にあるのが中小民鉄事業者だろうと思います。

 

 端的に言って中小民鉄事業者向けの緩い規程になっているように思います。中身は事業者の作成する企業会計ベースの経常損益をそのまま認めて「配当所要額」という払込資本金の額に連動した固定的な「適正利潤」が上乗せされるしくみです。これが総括原価と呼ばれるものの中身です。

 

 総括原価が収入を超えていないかという検証は認可時だけしか行われません。一度認可されれば既得権化します。払込資本金の大きさだけで適正利潤が決まりますから「能率的な経営」を独占事業者に期待することは困難だと思います。

 

 払込資本金だけで適正利潤が決まりますから潰せない公共交通機関が債務超過に陥っても資本を強化して経営改善しようというインセンティブが事業者に働きにくいと思います。

 

 現実に北総鉄道は平成11年度以降、一度も増資することなく平成24年には債務超過を脱しています。北総鉄道が営業経費の削減に取り組んだ形跡はありません。それどころか毎年のように営業経費は増加しています。

 

 それなのになぜ債務超過を脱することができたのかという疑問が湧くと思います。その答えは鉄道運輸機構からの債務の返済方法にあります。

 

 鉄道運輸機構の債務の返済は元利均等返済方式が採用されています。鉄道事業者は返済期間前半に莫大な支払利息の負担で大赤字に陥り、後半は支払利息が急減する代わりに元本の返済が反比例して急増して資本不足に陥ります。この民鉄線方式の欠陥対策として「中小民鉄事業者の収入原価算定要領」が作られたのだと思われます。

 

 原価の中の「営業外費用」の設定は支払利息全額を原価として認めるためではないでしょうか。一方、払込資本金に応じた配当所要額(適正利潤)の設定は返済期間後半の支払利息の急減で総括原価が収入を上回らないようにするために考えられた対策ではないでしょうか。

 

 もっと端的に言えば、「中小民鉄事業者の収入原価算定要領」にはもっともらしそうなことが書いてありますが、収入と原価については事業者の決算数字を無査定で通す内容です。その原価に配当所要額(適正な利潤)を加算したものが総括原価になっているだけのように思います。

 

 これにより事業者は必ずしも能率的な経営をしなくても損失を解消できます。国には事業者の支払利息の減少が始まると多額の法人税が入るようになり、民鉄線方式で鉄道を建設した中小民鉄事業者への救済策に投入された資金を回収できると国が考えたとしても不思議ではありません。

 

 すべての総括原価は受益者である利用者負担ということです。鉄道運輸機構で採用されている「原価回収主義」と同一のしくみだと思います。

 

 北総鉄道は9,286百万円の債務超過のままⅡ期線を開業し、特段の経営努力もしないまま1期線の損失も含めて平成24年度に債務超過を解消したように見えます。「中小民鉄事業者の収入原価算定要領」は鉄道事業者の能率的経営を阻害し、北総鉄道はモラルリスクに陥ったのだと思います。北総鉄道の能率的でない経営の証拠はいくらでもあります。

 

 平成10年の運賃改定で最も疑問なのは支払利息です。平年度(平成11~13年度)の見込と実績の差異は3年間で4,941百万円に及びます。平成13年度の実績とのかい離額だけでも2,764百万円に及びます。

 

 鉄道運輸機構を通じて国土交通省は実績に近い支払利息を予測することが可能だったはずです。査定時に国土交通省が出向者のいる鉄道運輸機構に照会していればこんなに大きくかい離したまま認可することはなかったと思います。

 

 しかし、算定要領では「原価計算期間中の平均借入額に平均借入率を乗じて算定する」とあるので実績見込みを使用する義務が事業者にはないということなのだと思います。

 

 企業では事業計画の作成のために平均借入額(平残)を使って将来の支払利息を予測することは一般に行われています。ただし、より精度の高い実績見込みが使える場合は実績見込みの数字を使います。元金均等返済方式の借入の場合は、返済予定表等から実績見込みが拾えないものについて平残に平均金利を乗じて計算した数字を使うことは一般的な方法だと思います。

 

 しかし、元利均等返済方式の借入で平残に単純に過去の平均借入利率を乗じても正しい支払利息は求められません。元利均等返済方式の支払利息は初期は利息部分の返済が中心で毎年支払利息は減少していきます。後半になると今度は支払利息が減った分、元本の返済が反比例して増加します。

 

 本来なら鉄道運輸機構の債務については機構に予測に基づく平年度の償還予定表の作成を依頼して出てきた支払利息を上限運賃の認可申請に使用するべきだと思います。認可された運賃が利用者の直接の負担になるのですから事業者の恣意的な原価の計上を排除する努力を国はするべきだと思います。

 

 そもそもまともな企業が元利均等返済方式で資金調達することはないと思います。鉄道運輸機構も資金調達は元金均等方式で資金を調達しています。一方で鉄道事業者の債務に対しては元利均等方式を採用しているために調達と鉄道事業者からの返済にずれが生じ、そのずれを埋めるために必要に応じて元利均等返済の再計算を行っていますから実績見込みにより近い試算ができるのは機構だけだと思います。

 

 平成10年の北総鉄道の運賃上限申請で原価に使われた支払利息の数字は年度ごとの金額がほぼ変わりませんから、おそらく平残に単純に平均借入率を乗じて計算した数字と思われます。

 

 北総鉄道の有利子負債で大きなウェートを占めているのは鉄道運輸機構の債務ですから実態と大きく乖離する可能性を国も北総鉄道も認識していたはずです。確信犯なのかもしれません。

 

 また、事業税が原価項目として諸税の内訳として計上されている点も問題だと思います。事業税が平年度期間に実際に実績として計上されることはあり得ないからです。理由は北総鉄道には欠損の繰越期間があり、多額の法人税の支払いが始まるのは繰越期間経過後になるからです。

 

 北総鉄道が実質的に法人税を払い始めたのは平成16年度からです。営業費用の諸税が増えたのは平成16年度以降です。それでも平成24年度決算の諸税は537百万円に過ぎません。

 

 しかし、平成11〜13年度の諸税の原価への計上額は850百万以上となっており、実績との乖離は500百万円を超えています。この金額は配当所要額の内数である事業税と思われます。

 

 さらに疑問なのは平年度に含まれない平成10年度の諸税の実績見込みが834百万円になっており、実績との乖離も500百万円近くあり、査定対象でない平成10年度にも事業税が上乗せになっているようです。平成10年度の諸税の実績は359百万円です。

 

 支払利息の過大計上と事業税の営業費用への計上は「配当前収支率」のお化粧が目的ではなかったかと考えられます。実績を基にして計算すると平年度の「配当前収支率」は100%を超えます。しかし、配当所要額という下駄を履いている総括原価で計算した「運賃改定後収支率」が100%以下なので問題ないということだろうと思います。

 

 総括原価が算定要領に基づいて算定されているから適正だということになるのでしょう。認可申請前に認可されるしくみが用意されていたのだと思います。実績との乖離が出ても配当所要額という上限運賃の認可のときだけ使用される適正利潤が本当に適正利潤なのかということが問われるべきだと思います。中身を査定するのではなく形式だけを査定しているようです。

 

 配当所要額の設定がいかに大きく上限運賃の認可に影響しているかが今回の分析で分かりました。「大手民鉄事業者等の収入原価算定要領」をそのまま適用できないから「中小民鉄事業者の収入原価算定要領」が作成されたのだろうということを再認識させられました。

 

 運輸審議会の審議は所詮、認可を前提にした審議に過ぎないと思います。役人がそもそも認可されないような可能性のある認可申請を運輸審議会に諮問するはずがありません。運輸審議会は役所の裁量行政が続く限り、常に認可する答申を出すしかないのだと思います。

 

 ある意味、結果が分かっている八百長試合のようなものです。運輸審議会の認可の答申を理由に手続きが適正に行われたから適正だという国の“慣習”が今後も続くのでしょう。

 

以上

 

(注1)今回の分析に使用した資料は「第54回運輸審議会議事録(平成10年8月27日)」の添付資料「北総開発鉄道㈱の収支実績及び推定の計算基礎」です。

 

 (注2)現行の「中小民鉄事業者の収入原価算定要領」(平成12年3月1日以降適用)は従前(平成9年1月1日以降適用)の算定要領から以下の「基本方針」が削除されています。

 

(削除された部分)

1. 基本方針

(1) 運賃は、能率的な経営の下における適正な原価を償い、かつ、適正な利潤を含むものであること。

(2) 運賃は、特定の利用者に対し不当な差別的取り扱いをするものでないこと。

(3) 運賃は、利用者の負担能力にかんがみ、鉄軌道の利用を困難にするおそれがないものであること。

(4) 運賃は、他の鉄道運送事業又は軌道経営者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること。

 

(出所)平成10年8月27日第54回運輸審議会議事録添付資料
(出所)平成10年8月27日第54回運輸審議会議事録添付資料
(出所)平成10年8月27日第54回運輸審議会議事録添付資料
(出所)平成10年8月27日第54回運輸審議会議事録添付資料
(出所)平成10年8月27日第54回運輸審議会議事録添付資料
(出所)平成10年8月27日第54回運輸審議会議事録添付資料